視覚的な揺らぎ

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テクストは、「写真」を解説しているのではない。写真はテクストを「図解」しているのではない。


私にとっては、それぞれの写真から視覚的な揺らぎのようなものが始まったというだけのことであり、おそらくその揺らぎは、禅が悟りとよぶあの「意味の喪失」にも似ているのだろう。


テキストと写真は交錯しながら、身体、顔、エクリチュールといったシニフィアンの循環や交換を確かなものとしてゆき、そこに記号の後退を読み取ろうとしているのである。


記号の国 1970 ロラン・バルト 前書きから